序局第19号-改憲阻止闘争の本番

序局第19号を発行しました。全国の書店で発売中(900円+税)。

改憲阻止闘争の本番/闘う労働組合の挑戦

巻頭論文は改憲決戦論に挑戦、切っ先鋭く安倍と対決しています。黄瑛(ファンヨン)論文は朝鮮戦争をめぐる研究と討論のための問題提起。金元重(キムウォンジュン)さんの論考は自らの体験に根ざした感動的な一文です。
「闘う労働組合の挑戦」として、乗務員勤務制度解体攻撃と闘う動労千葉の川崎書記長、不当労働行為を地労委に申し立てたセブンイレブンの河野さんの2人から、お話を伺いました。教訓に富んだ、本号のハイライトです。
寄稿していただいた、オリンピック反対論、星野闘争アピール、牛久入管収容所との闘いのレポートも重要です。袴田再審とオウム大量処刑について警鐘を鳴らす論文と、福島放射能安全論を批判する論文も興味深い内容です。葉山岳夫弁護士は連載3年間の締めくくりです。
(破防法研究会『序局』編集委員会)

 

さあ改憲阻止決戦へ 安倍の自衛隊明記案は「9条殺し」だ 黒島善輝

闘う労働組合の挑戦
JR東日本の職場で何が起こっているか 乗務員勤務制度解体攻撃と東労組崩壊情勢
国鉄千葉動力車労働組合 川崎昌浩書記長に聞く
ブラック企業セブンイレブンと対決する
コンビニオーナーも労働者だ/労働組合のもとに団結しよう
不当労働行為を長野県労働委員会に申し立てた
河野正史さん(千曲ユニオン副委員長)

朝鮮戦争とは何だったのか――ブルース・カミングス『朝鮮戦争の起源』を読む 黄  瑛 ファンヨン

ドキュメンタリー映画『自白』の詩と真実 ロウソク革命を予兆する韓国ジャーナリストの闘い 千葉商科大学教授 金 元 重 キムウォンジュン

「国民」総動員の東京オリンピックに反対する 君が代不起立被処分元教員 根津公子

星野文昭さんを今こそとり戻そう 星野さんをとり戻そう!全国再審連絡会議共同代表 戸村裕実

入管収容施設の人権侵害を許さない 牛久入管収容所問題を考える会 田中喜美子

モラル司法の凡庸な悪とポピュリズム 袴田再審取り消しとオウム教団大量死刑執行の闇関東学院大学教員 宮本弘典

福島原発事故による放射能汚染の健康影響はほんとに軽微なのか? 広島大学名誉教授 大瀧 慈

労働裁判の最前線から―労働者と歩む弁護士レポート
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連載 経済先読み 貿易戦争は現代帝国主義の破滅/最大危機の日本 島崎光晴

白井佳夫の現代映画論講座《第二部》 赤狩りで喚問され同志を売った映画監督エリア・カザン〈その4〉

獄中記 十亀弘史

労働者農民とともに歩んで60年 三里塚と動労千葉
三里塚反対同盟顧問弁護団事務局長・動労千葉顧問弁護団長・救援連絡センター代表弁護士 葉山岳夫弁護士に聞く 最終回 救援運動と弁護士活動

福島原発事故による放射能汚染の健康影響はほんとに軽微なのか?

原爆被爆者研究の結果に基づく考察

大瀧 慈 広島大学名誉教授

キーワード:急性放射線障害,原爆被爆者,後障害,セシウムボール、潜伏期間,内部被曝, 放射性微粒子

 

【本誌の「福島原発事故による放射能汚染の健康影響はほんとに軽微なのか?」(広島大学名誉教授 大瀧 慈)の論文で省略した引用文献を付した全文を掲載します】 

1. はじめに

福島原発事故から7年半が経ち,事故故由来の放射能関連による健康被害の発生の有無について多くの関心が持たれている。これまでのところ,小児甲状腺疾患のみが注目を集め状況である。小児甲状腺のがんや前がん病変の有病率や罹患率が福島県内で事故後の調査で異常な高値が観察されたことで,事故由来の放射線被曝(131I)との因果関係の有無が検討されているが,その決着には至っていない。1),2),3),4) 甲状腺がんを含めて放射線被曝による後障害としてのがん罹患の危険度の超過発生の時期や程度については,広島・長崎の原爆被爆者に対する研究結果が参考になると思われる。図1は,原爆被爆者における悪性腫瘍の発生(罹患)時期を部位別に示したもので,被爆後47年を経た1992年に放射線影響研究所によるLSSコホート研究に基づいた結果として発表されたものである。5) それによると,最も早期に超過危険度が観察されたのは白血病であり,被爆後3年から増加がみられ被爆後10年辺りで極大に至りその後漸減しつつも現在に至るまで非被爆者よりも高い危険度が続いている。次に早い時期に超過危険度が観察されたのが甲状腺がんで,6年頃から上昇が始まりその後10年以降に顕在化が起こっていた。次いで,乳がんや肺がんが被爆後10年頃から上昇し20年以に超過危険度が明確になっていた。さらに,胃がんや大腸がんも被爆からの経過時間が20年辺り頃から徐々に増加していた。要するに,部位によって長短はあるものの,超過リスクの発現が確認されるまでには,被爆から5年から数十年といった長い時間(潜伏期間や前臨床期間を含む)が必要なのである。6)

本論文では,第2節において,広島・長崎の原爆被爆者の放射線被曝による健康影響について,初期被爆線量では説明できない諸々の観察結果を紹介し,それらの背景に放射性微粒子による内部被曝が密接に絡んでいることを示す。第3節では,放射性微粒子被曝について,被曝線量(率)の分布の特徴を明らかににするために行った数値実験の結果を紹介し,被曝者の健康影響への危険性を論ずる。第4節では,福島原発事故による放射能汚染の実態に関する調査結果を紹介し,放射性微粒子被曝の存在が示唆されていることについて言及する。

図1.原爆被爆者における腫瘍の発生時期(原爆放射線の人体影響 1992からの転写)

2. 原爆被爆者における放射線被曝による健康障害

2.1 初期放射線量だけが評価対象の被爆線量(DS86/DS02)

広島・長崎の原爆被爆者における後障害による死亡危険度と被爆線量との線量反応関係については,放射線影響研究所(以下,放影研),広島大学,長崎大学による大規模コホート研究により検討されてきた。7),8),9) これらの研究で使用されている被爆線量はDS02やDS86と呼ばれている初期放射線(原爆を表すピカドーンのうちのピカ)のみに基づいた線量評価システム10),11)を用いて算出されており,残留放射線や放射性降下物への曝露による影響は無視されている。 これまでに報告されている研究によれば,原爆被爆者のうち遠距離被爆者や入市者の場合に推定されている放射線量は高々数十mGyであるということになっている. 12) その一方,原爆被爆者における急性放射線障害(以下,急性症状)の発症やがん罹患(死亡)危険度が初期被爆線量だけでは説明できないことについて, 調査・研究も多数報告されている。 13),14),15),16),17),18) これらの報告に対して,大多数の放射線生物学や保健医学の専門家は「この程度の低線量放射線被曝が,急性症状発症の頻発やパーセントレベルのがん死亡超過危険度の原因になるとは考え難い」と判断しているようである。

2.2 染色体異常頻度を説明できない被爆線量

放射線影響研究所より2001年に,原爆被爆者におけるリンパ球での安定型染色体異常と被爆線量(DS86)との間に明確な線量反応関係が報告されている。19) 同論文によると, 対象はLSSの部分集団(広島と長崎のそれぞれ1980人と1062人,計3042人)で,染色体異常細胞検査は,1968年から1990年の期間に行われている。その調査・解析の結果として,線量反応関係は低線量域では広島の被爆者および長崎の被爆者のいずれでもほぼ直線関係を示し, 勾配に関して広島(6.6%/Sv増加)の方が長崎(3.7%/Sv増加)に比べて約2倍大きくなっていること,また,同じ線量の場合でも屋内被爆の方が屋外被爆に比べて染色体異常細胞の頻度が20%以上高いことが報告されている。(図2参照)

図2.原爆被爆者の染色体異常を持つ細胞の頻度に関する被爆状況別被爆線量(DS86)依存性(引用元論文19掲載のFig. 3から読み取り再構築された図)

 

この染色体異常頻度における線量推定システムDS86による被爆線量に関する線量反応関係の被爆状況依存性の原因が,DS86線量システムの持つ構造的偏りにあるものとすると, 屋内被爆の場合, 29%程度線量が低く見積もられていることになる。このように大きな偏りが生じてしまった原因は何なのか?この問題に対する解を見つけるには,

1)初期線量は屋根や壁による大きな遮蔽効果が見込めるが,非初期線量による曝露の場合は同様な効果は期待できない,

2)DS86は初期線量のみを評価の対象としている,

という2つの事実に着目すべきである。この観点に立って大瀧らは2015年に,広島原爆投下当日の入市状況とその後の急性症状発症に関係について少年兵士集団を対象としたアンケート調査(有効回答数64名)を行った。統計解析の結果,同集団における急性症状発症や後障害発症には放射性粉塵の吸飲による内部被曝が強く関わっていたことが示唆された。20)

上述の染色体異常率調査になった原爆被爆者においては,放射性微粒子の吸入により大きな内部被曝があったにもかかわらず,DS86(本質的にはDS02も同じ)では非初期線量の影響の存在を無視してしまったことだけでなく,初期線量に関する遮蔽効果による線量の低減処理を機械的に適用されてことで,放射線の真の被曝線量から大きく外れてしまったものと想われる。現在使われている被爆線量DS02では放射線のヒトの健康影響を正当に評価できていないと言わざるをえない。

2.3.原爆被爆者が受けた内部被曝の曝露源

原爆被爆者が受けた内部被曝の曝露源の本体はどんなものであったのか?これまで得られている知見と放射性核種の放射能の半減期の長さに関する情報を突き合わせて検討した結果として,2つの放射性核種,56Mn(半減期は2.6h)および28Al(半減期は2.2min),が本質的な因子として浮かび挙がった。21),22),23) 半減期がもう少し長い24Na(半減期は15.0h)の影響も否定できないが,入市被爆者の入市日別固形がん危険度の変化を推定した結果,8月9日入市者に比べて8月6日入市者における超過相対危険度が20%近い高値であったのに対して,翌日及び翌々日の同危険度はそれぞれ数%の水準にまで低下していたことが明らかにされている。15時間という(半日を超える)半減期を持つ24Naによる被曝の重大な影響が在ったとは考え難い。なお,身近な環境中に28Alの半減期よりも長く56Mnの半減期よりも短い半減期を持つ放射性核種は存在しない。24),25) 広島原爆の場合, 28Alや56Mnを含んだ微粒子が,いわゆるHot particle効果26),27)を引き起こし,急性症状や染色体異常の危険度を高くしていたことが考えられる。

図3.広島原爆の被爆者におけるがん死亡の超過の原因となった主な放射性核種微粒子の発生および飛散に関する想定機序

原爆炸裂直後の爆心地付近では土埃で太陽光が遮断され暗闇になったとの多数の報告がある。28) これらの放射性微粒子は,爆心地近傍にあった日本家屋の土壁や屋根瓦の下に敷かれていた粘土に含まれていた安定型の元素55Mnおよび27Alが原爆から放出された中性子を受けて放射化し生成されたものと考えられる。12),24) それらの微粒子が衝撃波と爆風により一瞬にして空中に舞い上がり拡散(一部は上空の風に運ばれて飛散)したのであろう。28Alは半減期が短いために作用時間はほぼ20分間に収まるので,その影響は爆心地近傍(1.2km以内程度)に限局されたはずである。一方,56Mnは原爆炸裂の5時間後でも約1/4の放射能の強さを保持していたために,直接被爆者だけで無く遠距離被爆者(早期入市者や救護者を含む)までも巻き込み曝露影響を及ぼしたと考えられる。13),14),17),18),20) (図3参照) なお,染色体異常率データから推定された被爆線量で都市間差として広島の方が長崎に比べて21%(=1/1.26-1)過小評価されているが,その背景要因としては, 爆弾の特性,街の形状, 爆心地の位置, 爆心地付近の植生, 爆弾投下当時の気象条件の違いで, 曝露物質の生成量や飛散分布の違いにより生じたものと想像される。

 

3.放射性微粒子による内部被曝

3.1 微粒子の摂取と体内沈着特性

ゲイサーらは,放射性微粒子の体内への取り込みが主に呼吸によるものであり,粒径などの属性により吸収過程や体内での循環状況が大きく変化することを報告している。29) それによると,鼻呼吸の場合,粒径が1~5μm の粒子では約50%が気管気管支領域に滞留し,残りの50%は肺胞領域に到達する。5~6μm より大きな粒子は90%が鼻腔内に捕捉され,10~20μm の粒子が気管・気管支まで達することは少なく,10μm 以上の粒子は肺胞レベル には沈着しない。一方,口呼吸においては粒径が 1~5μm の粒子の40-60%は肺胞レベルに沈着1~10μm の粒子の約60-80%は細気管支レベルに沈着し,10~20μm の大きな粒子の95%以上が気管・気管支に沈着するとのこと。なお,健常成人では,鼻呼吸の頻度が高く呼吸の割合は約13%と少ないが,下気道に達する粒子数は口呼吸の場合に増加する。

図4.放射性微粒子による被曝のイメージ

 

3.2 放射性微粒子被曝による放射線は測定が困難

体内に沈着した放射性微粒子からの放射線(γ線)による内部被曝の空間分布を定量的に把握するために, m個の放射性微粒子が1辺1cmの立方体の臓器の内部に一様に吸着している状況を想定し,固定点における線量率に関して数理モデルを用いて, 図5に示すような臓器内部, 臓器表面,皮膚表面および体表から11cm付近の体外を評価領域として設定し,線量率の分布に関するシミュレーションを行った。

図5. 放射性微粒子吸着による内部被曝の場合の被曝線量率の3D分布評価のための設定

図6. 内部被曝による線量率の測定点依存性(シミュレーションによる結果)

 

シミュレーヨン結果より,臓器内部での放射線量率は,評価点の位置により大きく変動(不均質性大),臓器表面では,臓器内部の値の約50%,皮膚表面では20%,外部(皮膚表面から10cm)では,1%未満に低下することが判明し, 体外の測定器では,放射性微粒子による内部被曝の検出はほぼ不可能であることが分かった。(図6)

 

3.3 放射性微粒子は局所的な超高線量被曝を起こす要因

臓器での平均線量率は同じでも,放射性微粒子の個数が少ない(この場合,個々の微粒子の持つ放射能は高くなる)場合と,その反対に放射性微粒子の個数が多い(個々の微粒子の放射能は低い)場合で,放射線の線量率の分布がどのように変化するのかという問題について,ベクレル数を一定にした場合の数理モデルを設定し,放射性微粒子の個数を として,臓器内部を評価領域とした線量率分布に関するシミュレーションによる検討を行った。その結果,微粒子の個数(m値)が小さい場合,0.01%程度の細胞では,組織平均線量率の数十倍~数百倍の線量率のガンマ線の被曝を受けていたが,上側20%点付近の線量率値は微粒子の個数(m値)の大小にかかわらずほぼ一定であった。微粒子個数(m値)を大きくしていくと,組織平均線量率はm値の大小にかかわらずほぼ一定となっていた。

外部被曝の場合,被曝に関する事前情報が把握できていれば,遮蔽や曝露回避が容易,被曝線量評価がし易い。一方,内部被曝の場合は遮蔽や回避が容易でなく,外部線量計測システムを使用して,内部被曝線量を形式的に行ってしまうと桁違いに線量(率)を過小評価してしまうことになる。一般に,内部被曝は低線量被曝と思われているが,放射性微粒子の吸飲が絡んでいる場合には,局所的に超高線量被曝の状態になっている。ただし,その生物学的影響については現在未解明であり,動物実験による検討が始められたばかりである。30),31)

 

 4.福島原発事故による放射能汚染の実態

4.1福島原発事故による放射能汚染の原因核種の特徴

福島第一原発事故に起因した放射能汚染は,原子炉内で発生した放射線(ガンマ線や中性子)を直接被曝したことによるものではなく,事故発生時に原子炉内で生成されていたいわゆるセシウムボールなどの放射性物質の微粒子が環境中に放出され広範囲の大気や土壌に拡散されたことによるものである。32),33)  その主な原因核種と半減期について,原爆被爆者の受けた放射線曝露や放射性微粒子汚染曝露の場合との対比としてまとめると,以下のようになる。

 

広島原爆による放射能汚染の特徴

ピカ (γ線,中性子線)および ドーン

ドーンに含まれていた主な放射性核種

28Al アルミニウム (半減期2.2分)

56Mn マンガン56 (半減期2.6時間)

24Na ナトリウム24(半減期15時間)

 

福島原発事故による放射能汚染の特徴

ピカは無い,ドーンのみ

ドーンに含まれていた主な放射性核種

131I  ヨウ素131 (半減期8日)

134Cs セシウム134 (半減期2年)

137Cs セシウム137 (半減期30年)

 

福島原発事故で問題になっている放射能汚染の原因核種は,広島・長崎の原爆被爆者が受けたものよりも,はるかに長い半減期を持っていることを留意すべきであろう。

4.2 空間放射線量率と土壌放射能汚染に関する調査・分析

原発事故後に朝日新聞の朝刊で公表された飯舘村(浪江町)と福島市のデータの放射線線量率の実測値と平滑化値(実線の折れ線)を図7に示す。34) また,同図中の破線は,半減期モデルのみを用いて推定された放射線線量率の値を示している。 飯舘村の測定値は,この半減期モデルのみでほぼ説明できているが,福島市の測定値は,半減期モデルで推定される値よりもかなり速く減少していることが示されている。この期間辺りで福島市などの都市部で集中的に行われた除染の効果が反映されているものと想われる。

図7.福島原発事故後の福島市と飯舘村で測定された空間放射線線量率の経日変化

 

福島第一原発事故の約3ヶ月後である2011年6月4日~7月8日の時期に,福島県およびその周辺地域を対象として,福島第一原発から80km内で2kmのメッシュ地点(計2181地点)での土壌の放射能汚染および空間放射線線量率の実態調査行われた。35)

図8. 福島県近傍の土壌放射能汚染と地上での空間放射線量率の地理分布

 

その分析結果として,図8の左図に,福島の土壌の放射能(セシウム)汚染( の値の常用対数値)の分布状況を示す。土壌汚染の地理分布の特徴として,事故原発周辺およびその北西近隣地区では を超えていた。その放射能汚染の範囲はかなり広く,事故原発から北西30km辺りの位置している飯舘村でも 程度となっていた。また, 程度の汚染は福島県のほぼ全域に及んでいた。

右図は,福島県および周辺地区における地上1mの高度での空間放射線量率( の常用対数値)の地理分布を表す。そのパターンの概要は土壌汚染の地理分布と類似しているが,高い放射線量率の領域は事故原発付近およびその北西近傍に限局した分布をしていることが分かった。さらに詳しい空間放射線量率やセシウムおよび放射性ヨウ素の土壌汚染調査結果については,大阪大学より汚染地図としてURLで公表されている。なお,福島原発事故前の日本全国の自然空間放射線量率地図は今井によりURL上に公表されているので参照されたい。36)

図9. 福島県およびその近郊における土壌の放射能汚染状況の将来予測(超過減少率を1%/年とした場合)

 

上記の調査結果とセシウム放射能の半減期の長さを基にして,今後200年に亘る福島県(およぼその近隣地域)での土壌の放射能汚染度に関する予測を試みた。なお,除染処理や風雨による域外拡散による減少率を1%/年として予測値を算出している。図9にその結果を示す。この地域の大部分では,原発事故前の放射能汚染水準に比べて1000倍以上の汚染が世紀を超えて続くことが判る。

 

4.3 放射性微粒子の空中飛遊の傍証

空間放射線量率は直下の土壌の放射能汚染濃度の影響を受けているものであり,両者間の正相関は事前に想定されていたものである。しかし,今回の調査結果から,降雨状況が強く関わっているという想定外の実態が明らかになった。 図11に,土壌のセシウム濃度と空間放射線量率の相関図を両対数プロットとして示す。青い円型マークは降雨有りの地点での観察値を示し,緑色の三角型マークは降雨無しの地点での観察値を示している。この図より,降雨が有った地点での相関係数が0.80であり,降雨が無かった場合の相関係数の0.53に比べて高いことが得られた。37) 降雨が無くある程度の風が吹いていた日の場合には,近隣の放射能汚染のより高い周辺地区からのセシウムボールなどを含む汚染微粒子の飛来物を受ける危険があったことや, 降雨が有る日の場合には汚染された微粒子が比較的短時間の内に地上に雨滴と共に落下することで,放射能汚染物質の遠方への拡散の抑制があったことなどが推測される。空間放射線量率の約20%~30%程度は直下の放射能汚染では説明できず,直下の放射能汚染のみを対象とした除染による空間放射線の低減効果に限界が有ることになる。

図10. 福島県での地表土壌のセシウム濃度と地上1mでの空間放射線量率との相関図

 

5.おわりに

 環境中の空間放射線が低下したことで,日本政府は帰還困難地域以外の元住民に対して,早期に帰還するように勧めている。これに対して,医学研究者も含めた専門家からの異論が活発に発信されているような状況でもない。しかし,その根拠になっている放射線の線量にはセシウムボールなどの放射性微粒子による内部被曝由来のものは反映されていない。また,広島・長崎の原爆被爆者に基づいた放射線の健康リスク評価にも(重大な)欠陥があることを示唆するデータが取得されており,全面的な見直しが必須であるが,本格的な再検討は未だ始められていない。昨今行われている根拠の曖昧な安全宣言を基づいた無責任なリスクコミュニケーションや帰還推進は慎むべきと思われる。

 

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